いよいよ「Nintendo Switch 2」の発売が近づき、任天堂が次世代機でアクセシビリティ機能を大幅に強化するという報道に、期待が高まっています。ゲーム業界のアクセシビリティ対応はここ数年で大きく進化し、もはや「特定の人のため」の特別な配慮ではなく、すべてのユーザーにとって価値ある体験を提供する不可欠な要素となりました。
この変化からは、Webのアクセシビリティを考える上でも重要な気づきが得られます。それでは、国内ゲーム企業、特に任天堂と他社の対照的なアプローチから、どのような教訓を得られるか見ていきましょう。
任天堂のアプローチ:そもそも困らせない設計

引用元:『Nintendo Switch 2』公式サイト
任天堂のアクセシビリティへの取り組みを掘り下げると、「設定」ではなく「設計」の段階でバリアを解消するという独自の哲学が見えてきます。従来から任天堂は「設定画面でユーザーに調整させる」というアプローチよりも、「そもそも多くの人が楽しめるデザインにする」という考え方を大切にしてきました。
そんな任天堂が2025年6月に発売する「Nintendo Switch 2」では、アクセシビリティ機能の大幅強化が予定されています(注釈[1])。具体的には、テキスト読み上げ機能やボタン割当のカスタマイズ、チャットでの音声文字起こしなど、多彩な「設定」機能も充実させる方向性が示されました。この変化は、任天堂ならではの「誰もが楽しめる設計」思想を保ちながらも、より多様なユーザーニーズに応える進化の表れと言えます。
では、任天堂らしい「設計でバリアをなくす」取り組みを具体的に見ていきましょう。
設計段階から誰もが楽しめる工夫
任天堂の特徴的なアプローチは、ゲームデザイン自体を工夫することで、多様なプレイヤーが自然に楽しめる環境を整えることにあります。
『マリオカート8 デラックス』のハンドルアシスト機能は、コースアウトを防止する補助システムとして、デフォルトでオンになっています。世界的なゲームアクセシビリティの指標であるGame Accessibility Guidelines(GAG)(注釈[2])では「操作支援をデフォルトで有効にすることで初心者や障がい者がプレイしやすくなる」と推奨されており、任天堂の実装は優れた事例と言えるでしょう。このようなアプローチは特別なアクセシビリティ設定ではなく、ゲーム体験そのものに支援を組み込む方法として効果的です。
同様の考え方はWebサイト設計にも応用できます。デフォルトのインターフェース設計自体を直感的にすることで、特別な補助機能を使わずとも操作しやすくなります。例えば、テキストリンクとボタンの区別を明確にし、クリック可能な要素に十分なサイズと間隔を持たせれば、操作ミスを未然に防ぐことができます。
難しさをユーザーに押しつけない姿勢
『スーパーマリオブラザーズ ワンダー』では、ステージごとの制限時間が廃止され、プレイヤーが自分のペースで探索や攻略を進められるようになりました。また、プレイヤーキャラクターとしてヨッシーやトッテンを選ぶことで、敵に触れてもダメージを受けない特性が付与され、失敗のリスクを抑えながら冒険を楽しめる配慮を自然な形で提供しています。
注目すべきは、これらが「難易度設定」や「アクセシビリティ設定」と銘打たれていない点です。プレイヤーは単にキャラクターを選ぶだけで、結果的に難易度が調整されるのです。この自然な設計方針により、障がい者を含む様々なスキルレベルのプレイヤーが無理なく楽しめる工夫が施されています。
ハードウェアの柔軟性がもたらす自然な支援
任天堂のハードウェア設計においても「誰もが楽しめる」という思想は表れています。Nintendo Switchのコントローラー「Joy-Con」は左右を分離して持つことができるため、片手だけでのプレイも可能になり、身体的な制約を持つプレイヤーにも新たな選択肢を提供しています。
また、2020年4月のシステムアップデートで追加されたボタンリマップ機能により、システム全体でコントローラのボタン配置をカスタマイズし、その設定をプロファイルとして保存できるようになりました。これにより、各ゲームの個別設定に依存せず、自分に合ったボタン配置でプレイできるようになり、特定のボタン操作が困難な筋疾患のユーザーから「game changer」(従来の状況を一変させる革新的な機能)として高く評価されました(注釈[3])。
このような考え方は、Webデザインにも当てはまります。レスポンシブデザインを徹底することで、様々なデバイスやユーザー環境に自然に対応できます。特別な「アクセシブル版」を用意するのではなく、基本設計の段階で柔軟性を持たせることが重要です。例えば、キーボード操作とタッチ操作の両方を最適化したインターフェースなどが挙げられます。
Switch 2の登場により、任天堂のアクセシビリティ哲学は新たな段階へと進化します。これまでの「デザインでバリアをなくす」アプローチを維持しながらも、テキスト読み上げ機能や画面表示色の変更など多彩な設定オプションを追加することで、より個別化されたニーズにも応えようとしています。「設計の普遍性」と「設定の個別性」を組み合わせるアプローチは、真の意味での包括的なユーザー体験を目指す上で重要な視点となるでしょう。
他社のアプローチ:設定で幅を広げる
任天堂とは対照的に、他の国内ゲーム企業は「設定オプション」による幅広い支援を重視するアプローチを取っています。
SIE:プリセット機能による調整の自由度

ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)のPlayStation 5では、システムレベルでスクリーンリーダーや高コントラスト表示、テキストサイズ変更など多数の設定が標準搭載されています。特筆すべきは、障がいのあるコミュニティーの協力を得て設計された「Access コントローラー」(注釈[4])で、様々な形状のボタンを付け替えられるため、身体的制約のあるプレイヤーでも自分に合ったレイアウトを組めます。
さらに2025年4月、PlayStaion 5本体のアップデートで「オーディオフォーカス」機能が追加され、ヘッドフォン使用時に小さな音を強調するプリセットが導入されました。この機能により、聴覚に課題のあるプレイヤーもより深い没入感を得られるようになりました。
スクエニ:プレイヤーの尊厳に配慮したUI

引用元:『FINAL FANTASY XVI』公式サイト
スクウェア・エニックスの『ファイナルファンタジー16』では、従来型のイージーモードを設けず、戦闘を補助する「サポートアクセサリ」を導入しました。「オートアタックの指輪」(通常攻撃を自動化)や「オートドッジの指輪」(敵の攻撃を自動回避)などを装備することで、プレイヤーの苦手な操作を個別に補助できる設計になっています。
プロデューサーの吉田直樹氏は、「ゲーマーのプライドに配慮し、難易度を変えるのではなく、人によって違う苦手なポイントを補える仕組みにしたかった」と説明しており(注釈[5])、プレイヤーの尊厳を守りながら支援を提供する巧みな配慮がなされています。
このアプローチはWebデザインにも活かせます。ユーザーの特定の操作負荷を軽減するため、機能ごとにサポートを提供するといいでしょう。例えば、フォーム入力時にリアルタイムのエラーチェックや入力補完機能を設けたり、長い記事には要約表示ボタンを追加して、必要に応じて内容を簡潔に把握できるようにするなど、ユーザーそれぞれの苦手とする部分をサポートする工夫が効果的です。
カプコン:感覚の違いに寄り添うアクセシビリティ

引用元:『STREET FIGHTER 6』公式サイト
カプコンの『ストリートファイター6』では、視覚障がい者でも対戦状況を把握しやすくするため、サウンドアクセシビリティ機能が実装されました。対戦相手との距離や攻撃の高さを音で知らせる設計により、視覚情報に頼らずプレイできる環境が整えられています。障がい者eスポーツ団体ePARAなどの意見も参考にしつつ、全盲・弱視プレイヤーのフィードバックを活かして効果音設計が行われました(注釈[6])。
さらに『バイオハザード』シリーズでは、字幕サイズの調整や効果音を文字情報で表示する字幕の実装が進み、聴覚障がい者への配慮も拡大しています。
Webサイト設計でも同様の多感覚アプローチが効果的です。例えば、色の見え方が人によって異なることに配慮し、重要情報は色だけでなくアイコンや形状でも区別できるよう設計することで、目だけでなく耳などでも情報を理解できるようになります。
インクルーシブデザインと設定:両立の時代へ

引用元:『Nintendo Switch 2』公式サイト
国内ゲーム企業の取り組みを見ると、任天堂の「設計で助ける」アプローチと、他社の「設定で選べる」アプローチには、それぞれ長所と短所があることがわかります。
双方の強みを組み合わせる
理想的なアプローチは、二つの手法を組み合わせることです。基本的なデザインをできるだけ多くの人が利用しやすいものにしつつ、個別のニーズに応じた調整機能も提供する。これが今後のアクセシビリティ対応の王道と言えます。
比較すると、SIEなどはメニュー設定型、任天堂はデザイン埋込型という違いが浮かび上がります。この差異はWebアクセシビリティにも通じる教訓で、UI設定を増やすだけが手段ではなく、根本設計でバリアを無くすアプローチも重要という点を教えてくれます。
Switch 2でついに任天堂がテキスト読み上げやUI拡大機能を導入することは、「設計だけ」から「設計と設定の両立」へと進化する大きな一歩と言えるでしょう。初代Switchでは物理的ハードウェアの柔軟性と基本的なボタンリマップしか提供していなかった任天堂が、今回テキスト読み上げや高コントラストモードなどの機能を標準搭載することで、ゲームデザイン面での強みを保ちながら設定面での弱点を克服する兆しが見えています。
この「設計の工夫」と「設定の充実」を両立させる考え方は、Webサイトやアプリ制作においても重要な視点となるでしょう。理想的なWebサイトとは、最初から多くの人が使いやすい設計になっていて、さらに個別のニーズに応じた調整も可能なものかもしれません。
自然に助けられる仕組み
ゲーム業界から学ぶべき重要な点は、「支援されていることに気づかせない支援」の考え方です。任天堂の例のように、特別扱いされているという心理的負担を感じさせずに、自然に支援が得られる設計は理想的です。
先述した『スーパーマリオブラザーズ ワンダー』の無敵ヨッシーは、メニューで「無敵モード」を選ぶのではなく、キャラクター選択の中で自然に提供されています。このような「気づかれにくい工夫」は、特別な設定として明示されないからこそ、すべてのプレイヤーが自然に恩恵を受けられるインクルーシブデザインの好例と言えるでしょう。
Webサイトでも、検索機能に単純なスペルミスの自動修正を組み込んだり、郵便番号入力で住所が自動入力されたりする機能は、自然な支援となります。このような設計は、特別な機能としてではなく使いやすさの一部として受け入れられ、ユーザーがスムーズに目的を達成できる環境を作り出します。
情報の見える化:業界標準への歩み

アクセシビリティ機能を実装することと同じくらい重要なのが、それをユーザーに伝える情報発信です。任天堂は従来、アクセシビリティ対応に関する情報発信が控えめでした。公式サイトに専用ページもなく、対応状況を体系的に伝える仕組みが不足していたのです。
しかし2025年3月、重要な転機が訪れました。米国の業界団体Entertainment Software Association(ESA)主導の「Accessible Games Initiative」に任天堂の米国法人Nintendo of Americaも参加したのです(注釈[7])。この取り組みでは「フルボタンリマップ可能」「メニュー読み上げ対応」「色覚代替あり」など24種類のアクセシビリティタグを定義し、各社のデジタルストアでゲーム情報として表示します。これにより購入前にユーザーがアクセシビリティ対応状況を確認できるようになります。
この業界標準化への参加は、任天堂が情報発信にも積極的になりつつある証と言えるでしょう。Web制作においても、サイトのアクセシビリティ対応状況を明示することで、ユーザーの信頼感を高められます。どのような対応をしているかを伝えることは、対応そのものと同じくらい大切なのです。
Web制作へのヒント
ゲーム業界から学ぶアクセシビリティの本質は、多様なアプローチの共存と統合にあります。任天堂の「設計段階からのバリア解消」という思想は、初めから多くの人が使いやすい環境を整える上で重要な視点を提供します。一方、SIEやカプコンの「設定による個別最適化」という方向性も、ユーザー固有のニーズに応える柔軟性を生み出しています。
Switch 2の登場は、任天堂がこれら両方の価値を取り込みながら進化する姿勢を示しています。このバランスこそが、多様なユーザーにとって真に価値ある体験を生み出す鍵なのです。基本設計の段階からアクセシビリティを考慮しつつ、個別調整の選択肢も提供する。そして、それらの取り組みを適切に伝える。ゲーム業界の先進的な取り組みが示す視点は、Web制作においても大きなヒントを与えてくれるでしょう。
リンク集
注釈[1]:「Nintendo Switch 2」アクセシビリティ:nintendo.com/switch2
注釈[2]:Game Accessibility Guidelines(GAG):gameaccessibilityguidelines.com
注釈[3]:筋ジストロフィーを持つゲーマーによる評価:caniplaythat.com
注釈[4]:PlayStation 5用「Access コントローラー」:blog.ja.playstation.com
注釈[5]:「ファイナルファンタジーXVI」プロデューサーインタビュー:dime.jp/genre
注釈[6]:「ストリートファイター6」サウンドアクセシビリティ:esports-world.jp/news
注釈[7]:「Accessible Games Initiative」Nintendo of Americaが参加:nintendo.com/us