近年、企業経営において、新たなリスク要因として注目を集めているのがWebアクセシビリティへの対応です。米国では年間2,500件を超えるアクセシビリティ訴訟が発生し、日本企業にとっても見過ごすことのできない状況となってきました。Webアクセシビリティへの対応は、もはや一部の企業だけの課題ではなく、企業の持続的成長とビジネスチャンスに直結する、重要な経営戦略の一つとなっているのです。
本記事では、対応の遅れが企業にもたらすリスクと企業価値への影響について、具体的な事例を交えながら解説します。さらに、効果的な対策の進め方についても紹介していきます。
グローバルスタンダードとしてのWebアクセシビリティ
Webアクセシビリティへの対応不足は、企業にとって予期せぬ法的リスクをもたらす可能性があります。特に米国では、2019年以降、アクセシビリティ訴訟が急増し、大手企業から中小企業まで幅広い企業が対象となっています。
訴訟対象となった企業の多くは、国際的なガイドラインであるWCAG(Web Content Accessibility Guidelines)に準拠していないことが問題視されました。このガイドラインは、W3C(World Wide Web Consortium)が策定する Web アクセシビリティの国際標準規格で、基本的なアクセシビリティ対応を定めたAレベルから、より幅広い利用者への配慮を含むAAレベルまでの準拠が世界的に求められています。WCAGへの対応は、もはやグローバルスタンダードとなりつつあり、日本企業の海外展開においても重要な検討事項となっています。
こうした世界的な潮流の中で、企業のWebアクセシビリティ対応の遅れは、具体的にどのようなリスクをもたらすのでしょうか。実際の訴訟事例から見えてくる企業への影響について詳しく見ていきます。
深刻化する訴訟リスク:米国企業の教訓から学ぶ
米国では近年、Webアクセシビリティ対応の不備により、多額の賠償金支払いを命じられるケースが相次いでいます。以下の事例から、対応の遅れが企業経営に重大な影響を及ぼす可能性が見えてきます。
⚖️ ドミノ・ピザの事例(2019年)
視覚障がい者がピザの注文サイトを利用できないとして訴訟を起こし、企業側が敗訴。スクリーンリーダーに対応していないWebサイトはADA(米国障害者法)違反と判断されました。結果として、サイトの全面改修と250万ドル(約3億円)の賠償金支払いが命じられました。
⚖️ 大手小売チェーンの事例(2020年)
ウェブサイトのアクセシビリティ対応不足を指摘され、75万ドル(約8000万円)の賠償金支払いに加え、サイト全体の改修を余儀なくされました。特にスクリーンリーダーでの商品情報の読み上げや、キーボードのみでの操作に対応していなかったことが問題視されました。
⚖️ 米航空会社の事例(2021年)
オンラインチケット予約システムが視覚障がい者に対応していないとして提訴され、180万ドル(約2億円)の賠償金支払いと共に、WCAGガイドラインに準拠したシステムへの改修を求められました。
これらの事例から分かるように、Webアクセシビリティ対応の遅れは、企業に多額の損失をもたらすだけでなく、ブランドイメージの低下にもつながる重大なリスクとなっています。
国内における法整備とリスクの高まり
日本国内においても、高齢化社会の進展に伴い、Webアクセシビリティの重要性は増しています。2016年に施行された障害者差別解消法では、企業に対して「合理的配慮の提供」が求められており、Webサイトやデジタルサービスもその対象となっています。2024年6月からは同法の改正により、これまで努力義務だった民間企業の対応が法的義務となり、企業のリスクマネジメントとしてより重要になりました。
また、日本においてもWCAGに基づいて「JIS X 8341-3」が制定されており、国や地方自治体のWebサイトでは準拠が求められています。民間企業でも、取引先からJIS規格への準拠を求められるケースが増えており、事業活動における重要性が高まっています。
さらに、2025年には行政機関や公的機関のWebサイトに対するアクセシビリティ対応が強化される見通しです。民間企業においても同様の基準での対応が求められる可能性が高く、早期の対策が望まれます。
企業価値を左右するアクセシビリティ対応

Webアクセシビリティ対応への遅れは、法的リスクだけでなく、ビジネス機会の損失にもつながります。以下の2つの重要な観点から、その影響について考えてみましょう。
ビジネス機会の損失:見過ごせない潜在市場
視覚障がいや聴覚障がいのある方々、そのご家族を含めると、日本国内でも非常に大きな潜在市場が存在しています。Webサイトのアクセシビリティへの対応が不十分な場合、これらの方々がサービスや情報にアクセスすることが困難となり、重要な顧客層との接点を失うことになりかねません。一方で、アクセシビリティに配慮したWebサイトを構築することで、こうした潜在的な顧客層へのアプローチが可能となり、新たな事業展開のチャンスが広がります。
ブランド価値への影響:企業イメージと社会的信頼性
CSRやSDGsへの取り組みが重視される現代において、適切な対応を行わない企業は「社会的配慮に欠ける」というネガティブなイメージを持たれるリスクがあります。一方、多様な人々を受け入れ、配慮する姿勢を示すことは、企業としての社会的責任を果たすだけでなく、持続可能な社会の実現に貢献する企業として、確かな信頼を築くことにつながります。さらに、採用活動における企業イメージ、取引先企業からの信頼、投資家からの評価などに影響を与える要因にもなるでしょう。
このように、Webアクセシビリティへの対応は、企業の持続的な成長と価値向上につながる大切な取り組みといえます。
未来を見据えた守りと攻めの企業戦略
デジタル社会の進展により、Webアクセシビリティへの対応は、企業経営における重要な課題となっています。適切な対応を行うことで訴訟リスクを回避し、企業の信頼性を守ることができます。
そして、アクセシビリティへの取り組みは、リスク回避の観点だけでなく、多様な顧客層との出会いや社会的評価の向上にもつながります。将来にわたって企業の価値を高め、競争力を強化していくために、これからの企業経営に欠かせない取り組みとなるでしょう。