企業のWebサイトやSNSでの情報発信において、動画コンテンツの活用が急速に広がっています。しかし、こうした動画は視覚や聴覚に障がいのある方、認知障がいのある方など、様々な状況のユーザーにとって利用しづらいことがあります。
動画のアクセシビリティを向上させることは、ビジネス価値を大きく高めるチャンスでもあります。より広い視聴者層へのリーチ、ブランドイメージの向上など、企業にとって明確なメリットがあります。本記事では、アクセシブルな動画制作の実践的なポイントをご紹介します。
字幕の重要性と実装のポイント
アクセシブルな動画制作において、まず最初に取り組むべきなのが字幕の実装です。字幕は単に「聴覚に障がいのある方のため」だけのものではありません。聴覚障がい者への情報保障はもちろん、日本語が母語でない方の内容理解をサポートし、騒がしい環境や音声を出せない状況での内容理解も可能にします。さらに、検索エンジンによるコンテンツ理解の促進(SEO効果)や専門用語・固有名詞の正確な伝達にも役立ちます。
字幕の種類
字幕は大きく2つのタイプに分けられます。目的や配信方法によって適切な方式を選ぶことが重要です。
クローズドキャプションは表示・非表示を切り替えられる字幕です。YouTubeやVimeoなどの動画プラットフォームではこの形式が一般的です。視聴者が必要に応じて表示できるため、ユーザー体験を損なわずにアクセシビリティを確保できます。
オープンキャプションは映像に直接焼き込まれる字幕です。SNS向けの短い動画など、プラットフォーム側で字幕切り替え機能が提供されていない場合に有効です。ただし、一度焼き込むと変更や多言語対応が難しくなる点に注意が必要です。
一般的には、長尺の動画や専門的なコンテンツにはクローズドキャプション、短時間のSNS投稿やスマートフォン視聴が多い動画にはオープンキャプションが適しています。配信プラットフォームの制約や視聴者の特性を考慮して選択しましょう。
効果的な字幕作成のポイント
字幕が真に効果的であるためには、単に音声を文字にするだけでなく、視聴者が快適に読めるよう配慮が必要です。以下のポイントを押さえることで、字幕の品質を大きく向上させることができます。
読みやすさを確保する
- 日本語字幕の場合、1行あたり13〜25文字程度に収める(長すぎると読み切れない、短すぎると画面の切り替わりが頻繁になりすぎる)
- フォントは読みやすいサンセリフ体を使用し、ヒラギノ角ゴ、Noto Sans JPなどのゴシック系フォントを推奨(画面での視認性が高い)
- 背景とのコントラスト比は4.5:1以上を確保(低視力の方でも判別しやすくなる)
音声情報を適切に補完する
- 台詞だけでなく、重要な効果音や音楽も表記(「ドアが開く音」など)
- 話し方のニュアンスが重要な場合は表記(「小声で」など)
- 複数の話者がいる場合は発言者を明示(誰が話しているかわかりやすくなる)
字幕の技術的なチェック項目
実際に字幕を導入する際は、以下の点について確認しましょう。
- 字幕ファイルのフォーマットは配信プラットフォームと互換性があるか(SRT、VTT、XMLなど)
- 字幕のタイミングは映像と正確に同期しているか
- 複数話者の区別が明確か(色分けや話者名の表示)
- 非音声情報(効果音、音楽など)も適切に字幕化されているか
- 字幕表示位置は映像の重要な要素を隠していないか
字幕を実装する際は、視聴環境(デスクトップ、モバイル、タブレットなど)や配信プラットフォームごとに表示状態を確認しましょう。特に文字サイズやコントラスト、表示位置は環境によって見え方が異なるため、幅広いユーザーテストが品質向上の鍵となります。
音声解説の重要性と実装のポイント

字幕が聴覚情報を視覚化する一方で、視覚情報を音声化する技術も同様に重要です。音声解説は、視覚障がい者への情報保障だけでなく、運転中など画面を見られない状況での理解サポートや、認知障がいにより視覚情報の処理が難しい方へのサポートにも役立ちます。映像の視覚的な情報(登場人物の動き、場面の変化、表示されるデータなど)を言葉で伝えることは、映像を見ることができない人への配慮として、アクセシビリティの観点からも欠かせない要素と言えるでしょう。
音声解説の種類
音声解説にも複数の種類があり、コンテンツの性質や目的に応じて適切な方法を選ぶことが重要です。
標準的な音声解説は映像の無音部分に、視覚的要素を説明するナレーションを挿入します。映像制作時から計画的に「解説のための間」を確保することが理想的です。ドキュメンタリーやインタビュー動画など、会話と会話の間に無音部分がある場合に適しています。
拡張音声解説は標準的な音声解説では足りない場合、映像を一時停止して解説を入れる方法です。情報量の多い教育コンテンツやプレゼンテーション映像などで有効です。
音声解説は提供方法によっても分類できます。教育コンテンツなど詳細な解説が必要な場合は別バージョンとしての提供が適しており、一般的な映像コンテンツではオンオフ切り替え可能な追加トラックとして提供するのが視聴者の選択肢を広げる点で効果的です。コンテンツの性質や視聴者層に合わせて最適な方法を選びましょう。
効果的な音声解説のポイント
音声解説を提供する際は、情報過多にならず、かつ必要な情報をしっかり伝えるバランスが重要です。以下のポイントは、ユーザーが内容を理解しやすい音声解説を作成するために役立ちます。
内容とタイミングの最適化
- 必要な視覚情報だけを伝える(情報過多を避け、核心を捉えた説明に)
- 台詞や重要な音声と重ならないタイミングで挿入(情報の混乱を避ける)
- 簡潔な表現で必要最小限の情報を伝える(映像の流れを妨げない)
視覚情報の適切な言語化
- 明確で具体的な表現を使う(あいまいな表現では正確に伝わらない)
- 場面設定や登場人物の動きを客観的に描写(視聴者自身の判断を尊重)
- グラフや図表、テキスト情報を正確に伝える(データの傾向や重要な数値を含める)
音声解説の技術的なチェック項目
音声解説を実装する際は、以下の点について確認しましょう。
- 解説音声の音質は明瞭か(ノイズは少なく、聞き取りやすい音量か)
- 解説のタイミングは適切か(重要な音声と重なっていないか)
- 解説の内容は必要な視覚情報を網羅しているか
- 解説音声のオンオフ機能は正常に動作するか
- 解説音声の再生速度や音量は調整可能か
さらに、実際の視覚障がい者からフィードバックを得ると、音声解説の品質とユーザビリティを大きく向上させることができます。
字幕・音声解説以外の動画アクセシビリティ要素

字幕と音声解説を実装したからといって、動画が完全にアクセシブルになるわけではありません。「コンテンツそのもの」のアクセシビリティを向上させるだけでなく、「コンテンツへのアクセス方法」のアクセシビリティも同様に重要なのです。
動画アクセシビリティを高めるための追加要素
1. 動画プレイヤーの操作性
動画プレイヤー自体のアクセシビリティは、コンテンツへのアクセス方法として最も基本的な要素です。多様なユーザーがコンテンツにアクセスするためには、以下の点に注意しましょう。
- キーボードだけで再生・停止・音量調整などすべての機能が操作できるか(マウスが使えない方のアクセスを確保)
- スクリーンリーダーでボタンやコントロールが正しく読み上げられるか(視覚に障がいのある方のコンテンツアクセスを保証)
- フォーカス表示が明確で、現在どの要素が選択されているかわかるか(操作の見通しを確保)
YouTubeやVimeoなどの主要プラットフォームは、比較的アクセシビリティ対応が進んでいるため、カスタムプレーヤーを作る前にこれらの活用を検討するとよいでしょう。プレイヤーの選択はコンテンツへのアクセシビリティを大きく左右するため、新しいプラットフォームを検討する際は必ずアクセシビリティ機能を確認しましょう。
2. コントロール要素の視認性と操作性
動画の再生コントロールは、すべてのユーザーがコンテンツを適切に利用するための入り口です。コントロール要素のアクセシビリティ向上は、コンテンツへのアクセス方法を改善する重要な取り組みとなります。
- 適切なサイズのボタン(タッチデバイスでも操作しやすく、低視力の方も認識しやすい)
- 直感的なアイコンと補足テキスト(操作の意図が明確に伝わり、アクセスのハードルを下げる)
- 再生速度の調整機能(認知障がいに応じた情報取得ペースに対応)
特に再生速度の調整は、様々な認知特性を持つ視聴者にとって重要な機能です。速度を変更できることで、自分に合ったペースでコンテンツを視聴できるようになり、情報へのアクセシビリティが大きく向上します。
3. 動画のナビゲーションと構造化
長い動画コンテンツでは、特定の情報にすばやくアクセスできる構造化が、コンテンツへのアクセシビリティを向上させる重要な要素です。
- チャプター・セクション分け(特定のトピックに直接ジャンプできる)
- 動画内目次の表示(コンテンツの全体像を把握し、目的の箇所へすぐ移動できる)
- 重要なポイントへのタイムスタンプ(情報の再確認や共有がしやすくなる)
これらの機能は、視覚・聴覚に障がいのある方だけでなく、認知障がいのある方や時間的制約のある利用者がコンテンツへアクセスするために重要です。YouTubeやVimeoのチャプター機能などを活用すると、視聴者が必要な情報に効率的にアクセスできるようになり、動画コンテンツの価値が大きく向上します。
追加要素の技術的なチェック項目
動画プレイヤーとその周辺のアクセシビリティを確保するために、以下の点を確認しましょう。
- キーボードだけですべての操作が可能か(Tabキーやスペースキーなどで操作できるか)
- コントロールボタンのARIA属性は適切に設定されているか
- フォーカス状態は視覚的に明確か(アウトラインなどで強調されるか)
- プレイヤーのコントラスト比はWCAG基準(4.5:1以上)を満たしているか
- 動画のナビゲーション機能(チャプターなど)は適切に実装されているか
アクセシビリティに配慮したプレイヤーの選択と適切な設定が、多様なユーザーにとっての円滑な動画視聴体験を実現する鍵となります。
動画アクセシビリティの今後のトレンド

技術の進化とともに、動画アクセシビリティの実現方法も日々変化しています。トレンドを理解し、先進的な対応を検討することで、より多くの視聴者に価値あるコンテンツを届けることができるでしょう。
AIによるリアルタイム字幕・音声解説の進化
近年、大手プラットフォームによるAI技術を活用したアクセシビリティ機能の向上が著しく進んでいます。主要プラットフォームでは、以下のようなAI技術を活用した字幕生成機能が実用段階に入っています。
- Googleのリアルタイムキャプション:どんな音声でも即座に字幕生成
- YouTubeの自動字幕:AI精度の向上と多言語対応
- オンライン会議ツールのライブ字幕機能:Zoom、Microsoft Teamsなど
今後は字幕や音声解説の自動化がさらに進み、企業の負担が軽減される可能性が高まっています。ただし、AI字幕には依然として誤認識の可能性があるため、重要なコンテンツには人によるチェックと編集が欠かせません。
パーソナライズド・アクセシビリティの時代へ
動画のアクセシビリティ対応は、単なる「字幕・音声解説の追加」から、より高度な「ユーザーごとの最適化」へと進化しています。多様な視聴者のニーズに柔軟に対応できるよう、インタラクティブな要素も取り入れながら、以下のような個別化された体験が提供されつつあります。
- ユーザー自身が字幕の見た目や音声解説の詳細度をカスタマイズできる機能
- AIが視聴者の特性に応じて最適な字幕・音声解説を自動的に提供
- 視聴環境に応じたコンテンツの最適化(明るさ、コントラストなど)
これからは「すべてのユーザーに同じ対応」ではなく、「個々のニーズに応じたアクセシビリティ」を考える時代になっていくでしょう。こうしたトレンドを踏まえ、企業は字幕や音声解説の品質向上に注力しつつ、最新のアクセシビリティ基準を定期的にチェックし、視聴者が自由に調整できる環境を整えていくことが重要です。
動画の届く範囲を広げるアクセシビリティ対応
動画コンテンツのアクセシビリティ対応は、企業のコンテンツ戦略における重要な要素です。WCAG 2.1では「時間依存メディア」についてのガイドラインが定められており、レベルAでは収録済み動画への字幕提供、レベルAAでは音声解説の提供が求められています。これらの対応により、より多くの視聴者に価値あるコンテンツを届けることが可能になります。
本記事で紹介したポイントを参考に、まずは既存の動画コンテンツの中から、視聴回数が多い動画や重要な製品・サービス情報を含む動画など、優先度の高いものを選んでアクセシビリティ対応を始めてみましょう。
参考:Web Content Accessibility Guidelines (WCAG) 2.1 (日本語訳)
「1.2 時間依存メディア」